研究情報

2024.02.29

酸化ストレスが消化管がんを引き起こす仕組みが明らかに~DNA の酸化による突然変異の発⽣を抑制してがんを予防する~(基礎放射線医学分野・大野みずき助教)

酸化ストレスが消化管がんを引き起こす仕組みが明らかに
~DNAの酸化による突然変異の発生を抑制してがんを予防する〜
ポイント
① 酸化ストレスは、様々ながんのリスク要因と考えられていますが、がんを引き起こす分⼦メカニズムには不明な点が多く残っています。 
② 今回、DNA 修復機構が正常に働かないマウスを⽤いた解析により、酸化された DNA が消化管がんの原因となることを明らかにしました。 
③ 本成果は、ヒト遺伝性⼤腸がん家系での発がんリスクのコントロールに役⽴つ可能性があります。 

概要

酸化ストレス(※1)は消化管がんの誘発要因と考えられていますが、どのように正常細胞をがん細胞へと変化させるのか、その仕組みは⼗分に理解されていませんでした。
 九州⼤学⼤学院医学研究院の⼤野みずき助教・續輝久名誉教授らと、国⽴環境研究所の⻘⽊康展名誉研究員、国⽴医薬品⾷品衛⽣研究所の能美健彦名誉所員らの研究グループは、酸化された DNA が引き起こす DNA の変異が消化管がんの原因となることを明らかにしました。今回研究チームは、マウスに酸化剤を含む⽔と通常の⽔を与え、⼩腸での DNA の変異やがんの発⽣頻度を解析しました。DNA 修復酵素である MUTYH(※2)の機能を⽋損させたマウスでは、慢性的な酸化ストレス状態が続くと、早い段階で正常組織内での DNA の変異が増加し、その後の発がん頻度も著しく増加しました。変異の中でも特にグアニンの酸化によって引き起こされる G:C 塩基対から T:A 塩基対への変異の頻度が、酸化剤の濃度とがんの頻度に関連していました。さらに、特定の塩基配列内に存在するグアニンが酸化されやすいという DNA そのものの性質が、「細胞増殖シグナルを過度に活性化させ消化管発がんの原因となるような遺伝⼦変異」の発⽣に影響していることが明らかになりました。
⼀⽅、MUTYH が正常に働いている野⽣型マウスでは、酸化剤の濃度が上がっても変異とがんの発⽣頻度はごくわずかしか増えませんでした。このことから、MUTYH が酸化グアニンによる突然変異を減らすことで、酸化ストレスによる消化管がんの発⽣を強⼒に抑制していることを明らかにしました。 
 本研究の成果は、突然変異とがん発⽣のメカニズムの理解を深める⼀⽅で、ヒトの遺伝性⼤腸がん家系での⽣涯発がん率の軽減⽅法の探索にも役⽴つ可能性があります。 
 本成果は「Genome Research」誌 2024 年 1 ⽉ 30 ⽇(現地時間)に掲載されました。 

【MUTYH が、酸化ストレス誘発消化管がんを防ぐ仕組みの概略図】(※上記の概略図)

酸化剤の飲⽔投与による慢性的酸化ストレス状態が続くと、⼩腸の正常組織で DNA の酸化が起こり、グアニンの酸化体である8-オキソグアニン(※3)が増加する。DNA 複製の過程で 8-オキソグアニン:アデニンのミスペアが発⽣する。MUTYH ⽋損マウスではアデニンを取り除く修復機構が働かず、G:C からT:A への変異が腫瘍発⽣に先⽴って多数発⽣する。特定の塩基配列内でのグアニンの酸化が起こりやすいために、アミノ酸が変化する⾮同義置換(※4)が⽣じやすい。それが組織幹細胞で増殖シグナルを過剰に活性化させるような遺伝⼦変異を獲得しやすくすると考えられた。

 

【⽤語解説】 
(※1)酸化ストレス 
酸化ストレスとは、⽣体内で活性酸素種(ROS)の発⽣が抗酸化防御機構を上回った状態のことで、ROS が過剰に発⽣している状態をさす。ROS は細胞内の多くの⽣体物質を酸化し本来の働きを変えるため、様々な疾病や⽼化との関連が⽰唆されている。特に DNA の酸化はがんの発⽣に影響すると考えられている。 


(※2) MUTYH 
塩基除去修復酵素で、DNA 複製の過程で鋳型鎖の 8-オキソグアニンに対してアデニンが間違って取り込まれた時にアデニンを除去する酵素活性を持つ。マウスとヒトで同様に Mutyh/MUTYH 遺伝⼦にコードされている。ヒト MUTYH 遺伝⼦の⽣殖細胞変異は、常染⾊体潜性(劣性)遺伝形質を⽰すMUTYH 関連 ポリポーシス(MUTYH associated polyposis ; MAP)の原因としても知られている。
MAP では成⼈後の⼤腸がんの発症率が⾼い。 

(※3) 8-オキソグアニン 
グアニンの酸化体。DNA 複製の過程でシトシンだけでなくアデニンとも安定な対合を形成できることから G:C 塩基対から T:A 塩基対への変異を引き起こす。 

(※4) ⾮同義置換 
遺伝⼦をコードする領域内で塩基の並びが変わりコドンが変化し、その結果としてタンパク質を構成するアミノ酸を変化させるような変異のこと。ある⼀つのアミノ酸が別のアミノ酸に変わるような変異をミスセンス変異という。タンパク質合成を停⽌させるために使われる終⽌コドンに置き換わる変異をナンセンス変異という。

 

【謝辞】 

本研究は JSPS 科研費 (JP25241012, JP16H05109, JP20012037, JP26281022, JP22K11733, JP20H03254)の助成を受けたものです。 

 

【論⽂情報】
掲載誌:Genome Res
*Genome Res. 2024 年 1 ⽉号に掲載
タイトル:Oxidative stress accelerates intestinal tumorigenesis by enhancing 8-oxoguanine-
mediated mutagenesis in MUTYH-deficient mice 
著者名:Mizuki Ohno, Noriko Takano, Kyoko Hidaka, Fumiko Sasaki, Kazumi Yamauchi, Yasunobu 
Aoki, Takehiko Nohmi, Yusaku Nakabeppu, Yoshimichi Nakatsu, and Teruhisa Tsuzuki
DOI:10.1101/gr.278326.123 

 
【お問合わせ先】
九州⼤学⼤学院医学研究院 基礎放射線医学分野 助教 ⼤野 みずき
TEL:092-642-6143 
Mail:mizuki.ohno.700(a)m.kyushu-u.ac.jp 
※(a)を@に置き換えてメールを送信してください
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