研究情報

2022.06.10

「ひきこもりを特徴づける血液バイオマーカーを発見」(精神病態医学分野 加藤隆弘准教授)

ひきこもりを特徴づける血液バイオマーカーを発見
〜ひきこもりの栄養療法としての予防法・支援法の開発加速に期待~
  ポイント
① 血しょうメタボローム解析(注1)によって、ひきこもり者の血中では、健常者よりオルニチン(注2)と長鎖アシルカルニチン(注3)が高く、及びビリルビン(注4)とアルギニン(注2)が低いことを発見。
② 男性のひきこもり者において、血清アルギナーゼ(注2)が有意に高いことを発見。
③ 血液成分と臨床検査値の情報に基づく機械学習アルゴリズムを作成したところ、ひきこもり者と健常者を高い精度で識別し、また、ひきこもり尺度の重症化予測が可能に。

  概要
  社会的ひきこもりは6ヶ月以上自宅にとどまり続ける状態であり、ひきこもり状況にある人(以下、ひきこもり者)は国内110万人を越えると推定され、特にコロナ禍において、その予防法・支援・治療法の確立は国家的急務です。九州大学病院では世界初のひきこもり研究外来を立ち上げており、ひきこもりの生物・心理・社会的理解に基づく支援法開発をすすめています。
今回、日本医療研究開発機構 (AMED)等の支援により、九州大学病院検査部の瀬戸山大樹助教・康東天教授と同病院精神科神経科の加藤隆弘准教授・松島敏夫大学院生・中尾智博教授・神庭重信名誉教授らの研究チームは、ひきこもり者の血液中の代謝物や脂質の測定により、ひきこもりに特徴的な血液バイオマーカーを発見しました。未服薬のひきこもり者(42名)と健常ボランティア(41名)の臨床データおよび血液データ(一般生化学検査値およびメタボローム・リピドーム解析による血中代謝物)を用いて比較検証を行いました。臨床データと血液データをもとに、機械学習モデルを作成し、ひきこもり者と健常ボランティアの識別、ひきこもり重症度予測を行ったところ、長鎖アシルカルニチン濃度がひきこもり者で有意に高く、ビリルビン、アルギニン、オルニチン、血清アルギナーゼが男性ひきこもり者において健常ボランティアと有意差を認めました。ランダムフォレストによる判別モデルを作成したところ、ひきこもり者と健常ボランティアの識別ROC曲線下面積が0.854(機密区間0.648-1.000)と高い性能を示しました。
ひきこもりは、オックスフォード辞書でも「hikikomori」と表記されており、日本発の社会現象として世界的に認知されており、コロナウィルスパンデミックに伴って世界中にhikikomori者が急増していると懸念されます。この研究は、日本人のひきこもり者を対象とした客観的指標(血液成分のバイオマーカー)に関する報告です。今後、ひきこもりの生物学的理解がすすみ、栄養療法としての予防法・支援法の開発が期待されます。 本成果は、2022年6月1日(水)に、国際学術誌「Dialogues in Clinical Neuroscience」に掲載されました。
概要図. 血液メタボロームと臨床データを使い、ひきこもり者に特徴的なバイオマーカーの探索を行いました。機械学習アルゴリズムを作成し、健常者とひきこもり者の分類、ひきこもり者の重症度予測、およびひきこもり者の層別化を高い精度で実施できることがわかりました。
【研究の背景と経緯】
  我が国では「ひきこもり者」の数は既に100 万人を超え、その対策は喫緊の課題です。日本だけでなく海外でもひきこもり者の存在が示唆されており、コロナ禍において今後世界的な流行が懸念され、「Hikikomori」への世界規模の対策が望まれています。これまで、ひきこもりは6 ヶ月以上自宅に引きこもるといった特徴に基づいて評価されてきましたが、厳密な診断評価法はなく、ましてや、客観的指標で評価しようとする試みはありませんでした。ひきこもりはうつ病を始めとする様々な精神疾患や身体疾患との並存が示唆されていますが、詳細はほとんど解明されていませんでした。本研究チームは、世界初のひきこもり研究外来を立ち上げ、すでにひきこもりに関する国際的な診断評価法を確立してきました。さらに、これまで質量分析による血しょうメタボローム解析(注1)を駆使することにより、血液中の幾つかの代謝物がうつ病の判別や重症度に関連していることを報告し、客観的指標としての血液解析法を確立してきました。
【研究の内容と成果】
  本研究チームは、世界初のひきこもり研究外来において未服薬のひきこもり者41 名と年齢・性別をマッチさせた健常者42 名を対象に血液メタボローム解析を行い、ひきこもり者を特徴づける血中成分(バイオマーカー)を探索しました。その結果、ビリルビン、アルギニン、オルニチン、アシルカルニチンがひきこもり者で変化していることがわかりました(概要図)。また、男性では血清アルギナーゼが高値でした(図1)。また、血液成分と臨床検査値を加えた情報に基づいた機械学習判別モデル(ランダムフォレストモデル)を作成したところ、ひきこもり者と健常者を高い精度で識別することができることがわかりました(図2)。更に、部分最小二乗法(PLS)-回帰モデルによって、ひきこもりの重症度を高い精度で予測することができました(図2)。また、ひきこもり者の臨床像に基づく層別化(クラスター分類)に寄与する血液成分として、尿酸値とコレステロールエステルを新たに同定しました(図3)。
【今後の展開】
本研究の最も重要な点は、世界で唯一のひきこもりを専門とする九州大学病院ひきこもり研究外来において、厳密な評価に基づくひきこもり者の血液検体が収集され、未服薬の被験者のメタボローム解析を含む血液バイオマーカーを報告した最初のレポートであることです。ひきこもり者を特徴づけるいくつかのバイオマーカーについては、今後、栄養療法などの予防法・支援法の開発が進むことが期待されます。また、ひきこもり者とうつ病患者など他の精神疾患との相違点の解明など、生物学的な理解が進むきっかけになることが考えられます。
【概要図】
概要図. 血中のオルニチン/長鎖アシルカルニチンの増加、およびビリルビン/アルギニンの低下はひきこもり者を特徴づける血液成分である
【研究者からのひとこと】
ひきこもりは、「甘え」「恥」といった心理社会的な側面ばかりがハイライトされていました。私たちの 研究により生物学的な因子が同定されることで、栄養療法などの生物学的アプローチが可能となるだけ でなく、ひきこもりへの偏見も軽減されればと願っています。
【用語解説】
(注1) 血しょうメタボローム解析
主に血しょう中に含まれている様々な低分子化合物(代謝物・脂質分子)を網羅的に解析する手法です。現在では、質量分析装置MS を使った測定法が主流です。
(注2)アルギニン、オルニチン、アルギナーゼ
アルギニンとオルニチンは尿素サイクルの代謝酵素アルギナーゼの基質と生成物に相当します。ちなみに尿素もこの反応で生成されます。
(注3)アシルカルニチン
アシルカルニチンは脂質代謝の中間体であり、脳や身体機能のエネルギー供給源として重要な役割を担っています。血中レベルの上昇は、アシルカルニチンの利用可能性が低下していることを示唆しています。
(注4)ビリルビン
ビリルビンは赤血球のヘモグロビンの分解産物であり、血流に乗って肝臓に運ばれた後、胆汁に排泄されます。また、ビリルビンは血中の主要な抗酸化物質としても機能するとされています。
【参考】 引きこもり研究ラボ@九州大学 (https://www.hikikomori-lab.com/) ひきこもり研究ラボ@九州大学では、2013 年に大学病院内に専門外来を立ち上げ、国内外の医療研究機関やひきこもり支援団体と連携し、ひきこもりの多面的理解に基づく具体的な支援法の開発をすすめています。是非上記URL をご参照ください
【謝辞】

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「脳とこころの研究推進プログラム(精神・神経疾患メカニズム解明プロジェクト)」・「臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳)」・「障害者対策総合研究開発事業(精神障害分野)」および日本学術振興会・基盤A/基盤Cの助成などにより行われました。

本研究はAMED(JP19dk0307047, JP19dk0307075, JP19dm0107095,JP21wm0425010)、JSPS 科研費 (JP16H06403, JP18H04042, JP18K07417, JP19K21591, JP20H01773, JP21K07369)の助成を受けたものです。

【論文情報】
掲載誌:
Dialogues in Clinical Neuroscience
タイトル:
Blood Metabolic Signatures of Hikikomori, Pathological Social Withdrawal.
著者名:
Daiki Setoyama, Toshio Matsushima, Kohei Hayakawa, Tomohiro Nakao, Shigenobu Kanba, Dongchon Kang, Takahiro A. Kato*
D O I :
https://doi.org/10.1080/19585969.2022.2046978
【図の説明】】
図1. 男性ひきこもり者における血清アルギナーゼ活性を測定しました。
  • 上図. アルギナーゼはアルギニンを基質として、オルニチンと尿素を生成する反応を触媒する血中酵素です(*: p<0.05)
  • 下左図. 男性における健常者とひきこもり者における血清アルギナーゼ活性の比較結果です(単位はU/L)。
  • 下右図. 男性ひきこもり者における血中アルギニンとオルニチンの相関図です。Slope は回帰直線(黒直線)の傾き、R2 は決定係数を表し、点線は95%信頼区間を示します。
図2. 血液成分と検査値データを使った機械学習モデルの性能を示しています。
  1. ランダムフォレストモデル作成の手順を示しています。データを7 分割し、6/7 をトレーニングデータとしてモデル作成用に使用し、残りの1/7 をテストデータとしてモデル性能を検証しました。この操作を独立に5 回試行し、汎用性を評価しました。
  2. ランダムフォレストモデルの診断性能(代表値)をAUC 値で示しています(1 に近づくほど良い判別モデルとみなされます)。カッコの範囲は信頼区間を示しています。
  3. ひきこもり重症度を尺度とした部分最小二乗法モデル。グラフの横軸は実際の重症度を示し、縦軸はモデルが算出した重症度を示しています。各点はひきこもり者を表します。黒点はモデル作成に使用したトレーニング被験者(training data)で、赤点はモデル被験者(test data)を示しています。r は実測値と予測値の相関係数を示しています。
図3. ひきこもり者の臨床データに基づく層別化に関連する血液成分です。
ひきこもり者を様々な精神医学的指標を使うと、3 群に分類することができます(詳細は論文を参照のこと)。それぞれのクラスター(C1,C2,C3)に層別化すると、各群を特徴づける血液成分として、尿酸値、コレステロールエステルが見いだされました。コレステロールエステルのカッコ内の数値はコレステロールに結合した脂肪酸の炭素数と二重結合の数をそれぞれ表しています。
【お問合せ先】
九州大学 大学院医学研究院 精神病態医学(九州大学病院 精神科神経科 気分障害ひき
こもり外来;ひきこもり研究ラボ@九州大学)
准教授 加藤 隆弘(かとう たかひろ)
TEL:092-642-5627 FAX:092-642-5644
Mail: kato.takahiro.015(a) m.kyushu-u.ac.jp
※(a)を@に置きかえてメールをご送信ください。
   
九州大学病院検査部
助教 瀬戸山 大樹(せとやま だいき)
TEL:092-642-5752 FAX:092-642-5752
Mail:setoyama.daiki.753(a)m.kyushu-u.ac.jp
※(a)を@に置きかえてメールをご送信ください。
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