研究情報

2022.11.22

「加齢黄斑変性の発症に関わる2つの新規感受性領域を同定 〜失明原因の精密医療に向けた一歩〜」(寄附講座 眼病態イメージング講座 秋山雅人講師)

加齢黄斑変性の発症に関わる2つの新規感受性領域を同定
〜失明原因の精密医療に向けた一歩〜
ポイント
  1. ①加齢黄斑変性は主要な失明原因疾患の一つで、発症には遺伝要因が関与する。
  2. ② 日本人患者約3,700名を対象としたアジアで最大規模のゲノム研究により、加齢黄斑変性の発症に関わる2つの新規遺伝子領域を同定した。また、これらの領域は別の眼科疾患である中心性漿液性脈絡網膜症にも影響している可能性が示唆された。
  3. ③ 本研究成果は、日本人の生まれついた加齢黄斑変性のなりやすさを予測することに役立ち、疾患の発症予防に貢献することが期待される。
概要

加齢黄斑変性 (AMD)は先進国において主要な失明原因の一つです。病気のなりやすさには、喫煙や加齢といった生活要因に加えて、遺伝的な要因が関与していることがこれまでに報告されています。どの遺伝子領域が発症に関与しているかは、これまで欧米人を主体とした国際コンソーシアムにより主に明らかにされてきましたが、当研究グループなどによるアジア人を対象とした研究からは、国際コンソーシアムで報告されていない遺伝子領域を同定することに成功してきました。

今回、日本人AMD患者3,772名を対象とした大規模なゲノム解析により、新規2領域を含む6つの遺伝子領域が日本人のAMDに関与していることを明らかにしました。さらに、新たに同定された2つの遺伝子領域は、別の眼科疾患である中心性漿液性脈絡網膜症にも影響する可能性が示唆されました。

九州大学大学院医学研究院眼病態イメージング講座の秋山雅人講師(理化学研究所生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チーム客員研究員)、眼科学分野の園田康平教授、京都大学大学院医学研究科眼科学教室の三宅正裕特定講師、辻川明孝教授、理化学研究所生命医科学研究センター基盤技術開発研究チームの桃沢幸秀チームリーダー、ゲノム解析応用研究チームの寺尾知可史チームリーダー、鎌谷洋一郎客員主管研究員らを中心とした研究グループは、2,663名のAMD患者と9,471名の対照群のゲノムデータを用いてゲノムワイド関連解析を実施し、これまでに報告のない2領域を含む計6ヶ所の遺伝子領域がAMDの発症に関わることを明らかにしました。また、1,109名のAMD患者と7,299名の対照群のDNAを用いて新たに同定された2領域が関連することの再現性を確認しました。さらに、京都大学のグループにより実施された中心性漿液性脈絡網膜症のGWAS結果と統合解析したところ、新たに同定された2領域は中心性漿液性脈絡網膜症の発症にも影響する可能性が示唆されました。

本研究成果は米国の雑誌「Ophthalmology」に日本時間2022年11月11日(金)に掲載されました。

GWASのマンハッタンプロット(左図)
GWASの結果について、縦軸にAMD発症への関連の強さ、横軸に染色体上の位置を示している。これまでに報告のある領域は緑色、新たに同定された領域(WBP1L, GATA5 )がピンク色で示されている。

 

【研究の背景と経緯】 

加齢黄斑変性は、眼内の光を感じる部位である網膜に変性が生じることで見えにくさを引き起こす眼科疾患で、先進国において主要な失明原因です。加齢黄斑変性の発症には、喫煙や加齢などの環境要因に加えて、遺伝要因が関与することが知られています。近年、個人の生活習慣や遺伝的な素因など様々な情報に基づいた最適なヘルスケアを意味する、“精密医療”への期待が高まっています。日本人の精密医療を実現すためには、日本人を対象としたゲノム解析が必要不可欠です。

これまでに、欧米人を中心とした国際コンソーシアムにより加齢黄斑変性に関わる遺伝要因が同定されてきましたが、本研究グループなどによるアジア人を対象とした研究では、新たな遺伝要因を同定することに成功しており(参考.1)、アジア人を対象とした研究を大規模に行うことにより、発症に関わる遺伝要因の理解に繋がることが期待されていました。

【研究の内容と成果】 

本研究では、国内の眼科10施設 (※1)が収集した3,772名の加齢黄斑変性患者と16,770名の対照群のゲノム解析を行いました。まず、2,663名の加齢黄斑変性患者と9,471名の対照群のゲノムデータを用いて、ゲノムワイド関連解析(※2)を実施しました。この結果、過去に報告されていない2領域 (WBP1L, GATA5)を含む6領域が有意水準を満たしました(図.1)。1,109名の加齢黄斑変性患者と7,299名の対照群から取得されたDNAについて、理化学研究所が開発したMultiplex-PCR法を用いた次世代シークエンス(参考.1)により遺伝型を測定し、新規2領域の関連について再現性を確認しました。

また、京都大学の研究グループが報告した中心性漿液性脈絡網膜症 (※3)の研究成果(参考.2)を用いて加齢黄斑変性発症に関与する遺伝子変異の中心性漿液性脈絡網膜症に対する影響を検証したところ、これまでに両疾患の発症に影響することが知られていたTNFRSF10Aに加えて、本研究で新たに同定された2領域も中心性漿液性脈絡網膜症の発症にも影響すると考えられました (図.2)。

さらに、これまでの疫学研究で示唆された加齢黄斑変性の危険因子(血圧 [収縮期血圧、拡張期血圧]、コレステロール [LDLコレステロール、HDLコレステロール、総コレステロール]、アルコール摂取 [1週間の飲酒回数)、喫煙 [喫煙開始年齢、1日の喫煙本数、喫煙歴の有無、喫煙歴がある方の禁煙の有無])とバイオバンク・ジャパン (※4)の公開データを用いて検証したところ、禁煙と加齢黄斑変性発症で共通した遺伝要因が存在する可能性が示唆されました。このことから、遺伝的な加齢黄斑変性のなりやすさの一部は、生活習慣に影響を及ぼすものであることが示唆されました。

【今後の展開】

本研究の成果は、日本人の加齢黄斑変性の生れついたなりやすさを予測することに活用されることで、今後疾患の発症予防に役立てられることが期待されます。

また、これまでに報告された加齢黄斑変性と中心性漿液性脈絡網膜症の双方に影響する遺伝要因は、興味深いことにいずれも日本人の患者を対象とした研究成果から同定されています。日本人と欧米人では異なった遺伝的背景からこのような結果をもたらしている可能性があり、日本人を対象とした研究をさらに進めることで加齢黄斑変性や中心性漿液性脈絡網膜症の新たな病態解明に繋がることが期待されます。

図.1 マンハッタンプロット

ゲノムワイド関連解析の結果について、縦軸に加齢黄斑変性発症への関連の強さ、横軸に染色体上の位置を示している。これまでに報告のある4領域は緑色、新たに同定された2領域(WBP1L, GATA5 )がピンク色で示されている。

図.2 加齢黄斑変性に関連する領域の中心性漿液性脈絡網膜症への影響

加齢黄斑変性で有意水準を満たした6つの領域について、加齢黄斑変性への影響を横軸に、中心性漿液性脈絡網膜症への影響を縦軸に示した。新規に同定された2領域はピンクで示されている。
【解説】

(※1) 国内のサンプル収集機関
本研究の検体収集は、国内の10眼科施設 (関西医科大学、九州大学、京都大学、神戸大学、東京大学、名古屋大学、名古屋市立大学、日本大学、横浜市立大学、JCHO九州病院)の協力を得て実施された。

(※2) ゲノムワイド関連解析
2002年に理化学研究所が世界に先駆けて報告したゲノムスクリーニング方法。病気のなりやすさなど様々な個人の違いに関係があるゲノム上の領域を特定する手法。

(※3) 中心性漿液性脈絡網膜症
網膜の中心部に水が貯留することで視力の低下を引き起こす眼科疾患。中年の男性に多く、自然軽快することもあるが、再発を繰り返したり長期化したりすることで視力が回復しないこともある。京都大学を中心とするグループにより、発症に関わる2つの領域が報告されている (参考.2)。

(※4) バイオバンク・ジャパン
アジア最大規模の生体試料バンクで、30万人を超える日本人から収集した臨床情報に加え、DNAや血清サンプルを保管し、研究者への試料やデータの提供を行っている。

【参考情報】
(参考.1) 理化学研究所プレスリリース:
・滲出(しんしゅつ)性加齢黄斑変性発症に関わる新たな遺伝子を発見 (2011年)
https://www.riken.jp/press/2011/20110912/
・加齢黄斑変性発症に関わる新たな遺伝子型を発見 (2016年)
https://www.riken.jp/press/2016/20161111_1/
(参考.2) 京都大学プレスリリース:
・中心性漿液性網脈絡膜症に関わる遺伝子変異を発見 (2018年)
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2018-05-31
【謝辞】
本研究はJSPS科研費 (19K09997 , 20H03841, 22H00476)、AMED研究費(JP17km0305002, JP21gm4010006, JP20km0605001, JP22km0405211, JP22ek0410075, JP22km0405217, JP22ek0109594)の助成を受けたものです。
【論文情報】
掲載誌:Ophthalmology
タイトル:GWAS of age-related macular degeneration reveals two new loci implying shared genetic components with central serous chorioretinopathy.
著者名:Akiyama M*†, Miyake M*, Momozawa Y, Arakawa S, Maruyama-Inoue M, Endo M, Iwasaki Y, Ishigaki K, Matoba N, Okada Y, Yasuda M, Oshima Y, Yoshida S, Nakao S, Morino K, Mori Y, Kido A, Kato A, Yasukawa T, Obata R, Nagai Y, Takahashi K, Fujisawa K, Miki A, Nakamura M, Honda S, Ushida H, Yasuma T, Nishiguchi KM, Mori R, Tanaka K, Wakatsuki Y, Yamashiro K, Kadonosono K, Terao C, Ishibashi T, Tsujikawa A, Sonoda KH, Kubo M, Kamatani Y.
DOI:10.1016/j.ophtha.2022.10.034
 

【お問い合わせ先】
九州大学大学院医学研究院眼病態イメージング講座
講師 秋山 雅人
TEL:092-642-5648 FAX:092-642-5663
Mail:akiyama.masato.588★m.kyushu-u.ac.jp
※★→@に置き換えてメールをご送信ください。
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