研究情報

2023.02.27

「術前⼼電図から術後の⼼房細動発症を予測する AI モデルを開発 〜潜在的な⼼房細動の早期発⾒と治療による⼼房細動患者の予後・QOL 改善に期待〜 」(ARO次世代医療センター 遠山 岳詩 医員)

術前⼼電図から術後の⼼房細動発症を予測する AI モデルを開発
〜潜在的な⼼房細動の早期発⾒と治療による⼼房細動患者の予後・QOL 改善に期待〜
ポイント
  1. ① ⼼房細動 (※1)は左房内に⾎栓を形成し、脳梗塞を始めとした重篤な合併症の原因となる不整 脈ですが、約半数の患者において⼼房細動による⾃覚症状がなく、また発症早期にはその出現 も⼀過性であることから、しばしば診断が困難であり、⼼房細動罹患リスクを層別化する⽅法 と新たな診断アプローチの確⽴が喫緊の課題です。
  2. ② ⼿術後に⽣じる術後⼼房細動に着⽬し、術前に記録した⾮⼼房細動の⼼電図から術後⼼房細動 の発症を予測する⼈⼯知能(artificial intelligence; AI, ※2)モデルの開発に成功しました。
  3. ③ 術後⼼房細動は⻑らく⼿術の⾝体的・精神的にストレスによる⼀過性の⼼房細動と考えられて きましたが、近年、術後⼼房細動は⼊院期間の延⻑のみならず、その後の⼼房細動や脳梗塞の 発症リスクと関連していることが明らかになってきています。
  4. ➃ 開発した AI モデルを⽤いて術後⼼房細動の発症リスクを層別化、⾼リスク患者では周術期の ⼼電図モニター管理を強化し、術後⼼房細動を適切に診断することで、将来の⼼房細動および 脳梗塞を始めとした合併症の早期診断・治療につながることが期待されます。

概要

⼼房細動は不整脈の⼀種であり、様々なリスク因⼦に応じて⼼臓(左房内)に⾎栓を形成します。形成さ れた⾎栓が遊離し、脳⾎管を始めとした全⾝の⾎管に詰まることで脳梗塞を始めとした重篤かつ致死的な 合併症を引き起こします。国内における有病率は 70 歳以上で 3-4%とされ、⾼齢化社会とともにその罹 患者数は増え続けています。これらの合併症は抗凝固療法によって予防することが可能ですが、罹患患者 の約半数は⼼房細動に関連する⾃覚症状がなく、発症早期にはその出現も⼀過性であることから、⼼房細 動の早期診断に関する新たな診断アプローチの確⽴は喫緊の課題です。

本研究により、術前⼼電図から術後⼼房細動の発症を層別化する AI モデルの開発に成功しました。 九州⼤学病院の遠⼭岳詩医員および井⼿友美診療准教授、九州⼤学医学研究院の池⽥昌隆助教らの研究グ ループは、2015 年から 2020 年に九州⼤学病院において外科⼿術を受けた患者の術前⼼電図を対象に術 後の⼼房細動の発症を予測する AI モデルの開発を⾏いました。開発した AI モデルにより、陽性的中率 (※3)が 10%(⼼房細動が術後に発症するリスクがあると予測した患者の 10%に⼼房細動が発症)、陰性 的中率(※4)が 99%(⼼房細動が術後に発症しないと予測した患者では、100 ⼈中 99 ⼈で⼼房細動が発症 しない)と⾼い精度で術後⼼房細動の層別化が可能となりました。

術後⼼房細動は⼀過性であり、⽇常での⼼房細動や合併症リスクとは関連しないと考えられてきました が、近年、潜在的な⼼房細動や将来の脳梗塞リスクと関連していることが明らかとなってきています。本 研究で開発した AI 診断モデルを初期スクリーニングとして⽤いることで術後⼼房細動の発症リスクが⾼ い患者の同定が可能です。⾼リスク患者においては、術後の⼼電図モニター管理を強化することで、無症 状、または潜在的な⼼房細動を早期に診断し、合併症を予防できることが期待されます。

本研究成果は⽶国の科学誌「Circulation: Arrhythmia and Electrophysiology」に 2023 年 2 ⽉ 21 ⽇(⽕) 午後 7 時(⽇本時間)に掲載されました。

【研究の背景と経緯】

⼼房細動は不整脈の⼀種であり、年齢・⾼⾎圧・糖尿病・⼼不全・脳梗塞の既往などのリスク因⼦に応 じて⼼臓左房内に⾎栓を形成します。形成された⾎栓が遊離、全⾝の⾎管に詰まること(塞栓)により脳 梗塞を始めとした臓器壊死の原因となる不整脈です。これらの合併症は適切な抗凝固療法によって予防 することが可能ですが、⼼房細動患者の約半数に⾃覚症状がなく、また発症早期の⼼房細動は⼀過性であ ることから、⼼房細動の診断はしばしば困難であり、広範な脳梗塞や致死的な臓器壊死を契機に⼼房細動 が診断されることが多くあります。また⾼齢化社会に伴って罹患患者数が増加していることから、⼼房細 動の早期発⾒・予防法の確⽴は喫緊の課題です。

術後に発症する⼼房細動(術後⼼房細動)は⾝体的・精神的ストレスによって発症する⼀過性の⼼房細 動であり、将来的な⼼房細動の発症や合併症リスクとの関連は低いとされてきましたが、近年、潜在的な ⼼房細動や将来の脳梗塞リスクと関連していることが明らかとなってきています。しかしながら、⼿術を 受けた全患者への⻑期間の術後⼼電図モニター管理は困難であることから、現状では術後⼼房細動の検 出は⼗分ではなく、⾼リスク群患者を絞り込むためのスクリーニング法の開発が必要でした。

【研究の内容と成果】

遠⼭、井⼿、池⽥らの九州⼤学循環器内科の研究グループは 2015 年から 2020 年に九州⼤学病院に おいて外科⼿術を受けた患者の⾮⼼房細動の術前⼼電図を対象に術後⼼房細動の発症を層別化する AI モデルの開発に成功しました。初期スクリーニングとして最も重要である“⾒逃しを減らすこと”に主眼 を置いた AI モデル開発を⾏いました。結果、開発した AI モデルは、陽性的中率が 10%(術後⼼房細動 が発症するリスクがあると予測した患者の 10%に⼼房細動が発症)、陰性的中率が 99%(術後⼼房細動 が発症しないと予測した患者では、100 ⼈中 99 ⼈で⼼房細動が発症しない)と⾼い精度で術後⼼房細 動の発症リスクを層別化する AI 予測モデルの確⽴に成功しました。陰性的中率が⾼い予測モデルでは、 判定が陰性であった場合には術後⼼房細動が発症する確率が⾮常に低く、⾼い精度で発症の可能性を除 外できることから、初期スクリーニング検査としての有⽤性が⾼いと⾔えます。

【今後の展開】

本研究で開発した AI 診断モデルを初期スクリーニングとして⽤いることで術後⼼房細動の発症リス クが⾼い患者を同定することが可能です。術前に発症⾼リスク患者を絞り込み(層別化)、⾼リスク患者 における術後の⼼電図モニター管理を強化することで、無症状の術後⼼房細動を診断することができま す。術後⼼房細動の診断がついた患者については、退院後にウェアラブル端末などを利⽤した循環器内 科専⾨医による適切なフォローアップにより、⽇常での⼼房細動に対するサーベイランス(※5)を⾏う ことで、⼼房細動の早期診断・治療により重篤な合併症を予防できることが期待されます。

【⽤語解説】
(※1) ⼼房細動:加齢を始めとした様々な原因によって⽣じる⼼房での無秩序な電気活動に基づく不整 脈。⼼房細動により有効な⼼房収縮が失われる結果、⼼房内での⾎液のうっ滞が⽣じ、⾎栓が形成され る。形成された⾎栓は遊離し、脳梗塞を始めとした重篤かつ致死的な臓器の梗塞(臓器への⾎流途絶) を⽣じる。発症早期には⼀過性の⼼房細動(発作性⼼房細動)であるが、罹患期間が⻑くなるにつれ、 持続性、慢性⼼房細動と⼼房細動が基本調律となっていく。このため、特に発症早期の発作性⼼房細動 の診断は困難であり、脳梗塞などの合併症の発症を契機に診断されることも多い。
(※2) ⼈⼯知能(artificial intelligence; AI): ⼈間の知的な作業について、ソフトウェアを介して⼈⼯ 的に⾏わせる技術の総称。⼤量のデータを学習させることで、⼈間のように振る舞うことが可能になる。 医療現場においては、質の⾼い診療のための⽀援ツールになることが期待されている。
(※3) 陽性的中率:検査で陽性と診断された⼈が、実際にその病気を罹患しているもしくは、今後罹患 するかについて正しく診断できた割合のことをさす。陽性的中率が⾼い検査ほど信頼が⾼い検査であり、 確定診断に有⽤である。
(※4) 陰性的中率:検査で陰性と診断された⼈が、実際にその病気を罹患していないもしくは、今後罹 患しないことについて正しく診断できた割合のことをさす。陰性的中率が⾼い検査ほど信頼が⾼い検査 ということになる。陰性的中率が⾼い検査は、病気でないことをきちんと診断できるため、スクリーニ ング検査に有⽤である。
(※5) サーベイランス:監視、⾒張りの意。本⽂では⼼房細動の出現の有無を連続的にチェックするこ とをさす。
【謝辞】
本研究は JSPS 科研費 (JP19K17529)、上原記念⽣命科学財団の助成を受けたものです。
【論文情報】
掲載誌:Circulation: Arrhythmia and Electrophysiology
タイトル:Deep Learning of ECG for the Predication of Postoperative Atrial Fibrillation
著者名:Takeshi Tohyama, Tomomi Ide, Masataka Ikeda, Takuya Nagata, Koshiro Tagawa, Masayuki
Hirose, Kouta Funakoshi, Kazuo Sakamoto, Junji Kishimoto, Koj    i Todaka, Naoki Nakashima, Hiroyuki
Tsutsui
D O I :10.1161/CIRCEP.122.011579
【お問い合わせ先】
九州⼤学病院 ARO 次世代医療センター
医員 遠⼭ 岳詩(トオヤマ タケシ)
TEL:092-642-6054 FAX:092-642-6287
Mail:tohyama.takeshi.344★m.kyushu-u.ac.jp
※★→@に置き換えてメールをご送信ください。 
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