研究情報

2024.06.26

神経突起の配線を多くの色で標識し自動解析する手法を開発 ~ヒトには見えない7原色の世界を機械で識別~(疾患情報研究分野 今井教授)

神経突起の配線を多くの色で標識し自動解析する手法を開発
ヒトには見えない7原色の世界を機械で識別~

ポイント
① 脳の情報処理を支える神経回路は複雑に絡み合っており、配線の詳細な解析は困難でした。
② 神経細胞を7原色で染め分け、100個以上の神経細胞の配線を自動解析することに成功しました。
③ AIを駆使した神経細胞の配線の解析が加速するものと期待されます。
 

概要

われわれの脳機能は、膨大な数の神経細胞による複雑な演算によって実現しています。従って、脳における情報処理の仕組みを理解するには、それらの神経細胞の配線を明らかにすることが必要です。しかしながら、脳の中では多くの神経細胞の配線が絡み合っていることから、同時に多数の神経細胞の配線を解析することは困難でした。
 本研究では、多色標識によって神経回路のつながりを自動解析する新しい手法を開発しました。
 九州大学大学院医学研究院の今井猛教授、マーカス・ルーウィ助教(研究当時)、藤本聡志助教、馬場俊和大学院生らの研究グループは、まず神経細胞を7種類の蛍光タンパク質の組み合わせによって多色標識することに成功しました。従来、3種類程度の蛍光タンパク質の組み合わせで標識することは行われていましたが、7種類の色素を用いることで、色の組み合わせは飛躍的に増えました。しかし、7種類の色素の組み合わせは、ヒトの目で識別することは困難です。そこで、本研究では、色の識別を実現するプログラムを開発し、これを7原色に拡張しました。具体的には、多次元データを分類できる新たなプログラム dCrawlerを開発しました。さらに、dCrawlerを使って神経突起の色情報を分類し、似た色の組み合わせをもつ神経突起を自動同定するプログラムQDyeFinderを開発しました。これによって、色情報だけに基づいて、多くの神経突起の配線の様子を自動解析することに成功しました。このように、「超多色」標識と7原色の色表現の自動解析によって、神経回路の配線の解析が飛躍的に向上しました。
 本成果は、神経回路の配線図を明らかにするコネクトミクスと呼ばれる研究分野の発展に寄与することが期待されます。
 本研究成果は、令和6年6月25日(火) (日本時間午後6時)に英国の科学雑誌『Nature Communications』に掲載されました。


図1.神経回路の超多色標識法の原理
 
  研究者からひとこと:

   2018年に3種類の蛍光タンパク質を使って神経回路を多色標識する技術を
   開発し、神経回路の美しい画像を撮ることができました。
   今回は7種類の蛍光タンパク質を使って、それよりもずっとカラフルな画像
   (https://www.youtube.com/watch?v=YrMeobR07_o)を撮ることがで
   きたのですが、三原色の世界に生きる皆様にはその美しさを十分にお伝えで
   きないのが残念です。
【研究の背景と経緯】

我々の脳機能は、膨大な数の神経細胞が作り出すネットワークによって支えられています。それぞれの神経細胞は多くの軸索や樹状突起を伸ばし、それぞれが数千から数万に及ぶ神経細胞と情報のやりとりを行い、演算を行っています。従って、脳の情報処理について理解するには、多数の神経突起がどのように配線しているのかを明らかにすることが必要です。
 研究チームは、以前の研究で、固定した脳標本を透明化(※1)することで神経の配線の様子を立体的に観察するための方法を開発してきました。また、複雑に絡まり合った神経細胞の配線の様子を識別しやすくするため、3種類の蛍光タンパク質の組み合わせを用いて、神経回路の多色かつ高輝度で標識できるTetbow法(※2)という手法の開発も行ってきました。しかしながら、3種類の蛍光タンパク質の有無の組み合わせによって作ることができるのは7色に過ぎません。中間色を考慮したとしても、数10色の色を生み出せるにすぎません。このため、複雑な神経回路の解析を行うには十分ではありませんでした。


【研究の内容と成果】  
 そこで本研究では、用いる蛍光タンパク質の種類を増やすことで、もっと多くの神経細胞を識別することを考えました。3種類の色素の組み合わせで表現できるのは3原色の世界です。これは1色もしくは2原色の世界よりもカラフルな世界です。1~3原色で表示した東京の地下鉄マップを見れば、一目瞭然でしょう(図1)。原理的には、色素の数を増やし、4原色、5原色というように増やしていけば、より多くの色の組み合わせを作り出すことができ、識別能も向上するはずです。しかしながら、多くのヒトは3色色覚(※3)であり、3原色の世界までしか識別することができません。4原色以上の識別は、ヒトの目では不可能であり、AIに任せるより仕方ありません。そこで本研究では、4原色以上の世界を識別できるようなプログラムを開発しました。
 まず、多色標識については、研究チームが以前に開発した Tetbow 法を拡張し、7種類の蛍光タンパク質の組み合わせで神経細胞の突起を標識しました(図2)。蛍光の波長が近い色素どうしでは、しばしば蛍光の漏れ込みが問題となりますが、本研究ではリニアアンミキシングと呼ばれる数学的な手法を用いて、漏れ込みを限りなくゼロにすることができています。
 次に、色の似ているまたは似ていないを数学的に表現し、コンピュータに解析させるにはどうしたら良いか、赤・緑・青の3原色の場合を考えてみます。様々な色について、赤、緑、青のそれぞれに分解して輝度を測定し、全体の輝度を揃えると、色情報は図3のような平面上に展開されます。数学的に「色が似ている」とは、この平面上での距離が近い、「似ていない」とは、この平面上での距離が一定の距離(閾値)以上である、と言い換えることができます。同様の解析は、4原色以上でも行うことができます。そこで、コンピュータシミュレーションと実際の Tetbow標識法を用いて、3種類の蛍光タンパク質による標識(3原色)と 7種類の蛍光タンパク質による標識(7原色)の比較を行いました。その結果、シミュレーションでも実験データでも、7種類の蛍光タンパク質を用いると、識別能が飛躍的に向上することが分かりました。例えば、3種類の蛍光タンパク質で標識した神経細胞同士の識別能は 64.5%だったのに対し、7種類の蛍光タンパク質で標識した神経細胞同士の識別能は 99.7%でした(閾値 0.2の場合)。
 そこで、色情報に基づいて神経突起の自動同定を行うプログラムの開発を行いました。まずそのために、色情報などの多次元データを閾値に応じて分類できる新たなプログラム dCrawlerを開発しました。これは教師なし学習と呼ばれる機械学習(※4)の一種であり、今後様々な応用が期待されます。次に、神経突起の色情報を取得したうえで、dCrawlerによる分類を行い、同種の神経細胞の神経突起を自動同定するプログラム QDyeFinderを開発しました。従来、神経細胞の配線の様子を明らかにするには、人間が神経突起を1本1本手動でトレース(追跡)する必要がありましたが、QDyeFinderでは全てのステップが自動化されました。さらに、人間が神経突起を目で見て手動でトレースした結果とQDyeFinderが神経突起を自動同定した結果を比較したところ、おおむね同程度の精度であることが判明しました(図4)。機械学習を駆使した既存の神経突起トレースソフトと比較しても、QDyeFinderの方が遙かに高い精度で神経突起の同定ができることが判明しました。
 QDyeFinderを用いて、大脳皮質や嗅皮質など、いくつかの脳領域の標本を使って神経配線の自動解析を試みました。例えば、大脳皮質では色識別にもとづき、300種類もの神経突起を自動識別できることを確かめました(図5)。3原色の人間にとっては、東京の地下鉄の10数本の路線を見分けるのが精一杯ですが、7原色の画像を識別可能な QDyeFinderはそれを大きく超える性能を発揮できることが示されました。


【今後の展開】 
 本研究で開発された超多色標識法と超多色データに基づく解析ツール QDyeFinderを用いることで、神経回路の複雑な配線を効率良く解析できるようになると期待されます。この手法を用いることで、発達・学習過程で神経回路がどのように変化するのか、脳の疾患で神経回路の配線にどのような異常が生じるのかなどの研究が発展することが期待されます。また、近年蛍光イメージングにおいては多くの蛍光色素を用いた多重標識が活用されるようになっており、超多色標識は神経科学分野のみならず、様々な分野で活用されることが期待されます。dCrawler を用いた画像データの機械学習は、近年活用が進む AI ツールの活用と相まって、生命科学分野にとどまらず、広く活用されることが期待されます。


【参考図】 
 


 
図2 7種類の蛍光タンパク質を用いた神経回路の“超”多色標識
研究チームが2018年に発表したTetbow法を用いることで、7種類の蛍光タンパク質を用いた”超”多色標識を実現した。個々の蛍光タンパク質のシグナルはリニアアンミキシングと呼ばれる数学的な手法で分離することができる。個々の神経細胞はこれらの蛍光タンパク質をランダムに発現するため、理論上、27-1、すなわち、127色を作り出すことができる。中間色も考慮すれば数100から1000通りの色の組み合わせを作り出すことができる。残念ながら、人間は3色色覚であるため(さらにモニタや印刷物も3原色で表現されていることから)、7色の重ね合わせ画像はカラフルには見えない。



 
図3 色の類似度を数学的に定義する
3原色を例にとって、色の類似度を定義する。色について評価するうえでは、輝度情報を揃える必要があるため、赤・緑・青を合わせた輝度を1にそろえる(規格化)。すると、全ての色は球の表面に展開される。ここで、色が近いとは、平面上の距離が近いということである。この表面上で一定の距離以上に離れている色どうしは別の色であると判断する。同じ神経細胞に由来する神経突起断片は、同じ色の組み合わせで標識されているため、それぞれの色情報は、この表面上で近くにまとまって分布するはずである。dCrawler法を用いると、距離が一定の閾値未満のものをグループ化することができる。QDyeFinderでは7原色で表現された神経突起の色情報を同様の手順でグループ化し、同じ神経細胞由来の神経突起どうしをクラスター(一つの神経細胞)としてまとめることができる。



 
図4 QDyeFinderによる神経突起の自動同定
QDyeFinderにおいては、7種類の蛍光タンパク質の組み合わせによって標識された神経細胞の蛍光画像(図1)から神経突起を同定し、色情報だけを使って同じ種類の神経細胞由来の神経突起をグループ化した。ここでは4例のみ示す。ヒトが手動で神経突起を同定した結果と比較したところ、概ね同程度の精度で同じ神経細胞由来の神経突起を同定できることが判明した。




 
図5 高密度標識した神経回路における神経突起の自動同定
図2と同様に、7種類の蛍光タンパク質を用いて大脳皮質を高密度かつ超多色に標識した脳標本を用いて蛍光画像を撮像し、QDyeFinderによって神経突起の自動同定を行った。この例では、302種類の神経突起が自動同定された。
 


【用語解説】 
(※1) 透明化
脳標本には色が付いている訳ではないが、光が散乱しやすく深部まで届かないため、顕微鏡を用いてそのまま深部を観察することは困難である。そこで、標本の屈折率を調整することで光散乱を減らし、標本を透明にする技術が開発されている。本研究では、研究グループが以前の研究で開発した透明化試薬SeeDB2を用いて脳標本を透明化し、多色蛍光画像の撮像を行った。

(※2) Tetbow法
神経細胞に3種類の蛍光タンパク質をランダムに発現するように細工し、それぞれの蛍光画像を撮影したうえで、それぞれの蛍光色素を赤・緑、青で表示すると、個々の神経細胞を異なる色で区別することができる。この方法は2007年にハーバード大学のLichtman博士らによって開発され、Brainbow法として知られている。2018年に、研究チームでは、Brainbow法をさらに高輝度化したTetbow法を開発し、透明化標本でも観察できるように改良した。本研究ではこのTetbow法を拡張し、7種類の蛍光タンパク質を用いて、神経細胞をランダムかつ高輝度に標識した。

(※3) 3色色覚
ヒトは400-700nmの波長の光を見ることができる。光をとらえる視細胞のうち、色覚に関わるのは錐体と呼ばれる細胞であるが、錐体には青色光に特化した青錐体(420nm程度)、緑色に特化した緑錐体(530nm程度)、赤色に特化した赤錐体(560nm程度)の3種類がある。このため、ヒトは400-700 nmの光について、波長そのものを検出している訳では無く、青錐体、緑錐体、赤錐体の組み合わせを使って検出している。このように、波長が異なる3種類の光センサーの組み合わせを使って色を認識する仕組みのことを3色色覚という。テレビモニタなどで色を青、緑、赤の組み合わせによって表現する3原色も、ヒトの3色色覚が基盤となっている。哺乳類の多くは2色色覚である。ヒトの多くは3色色覚であるが、生まれつき緑赤視物質の一方が欠損していることがあり、2色色覚の方も少なくない。 

(※4) 教師無し学習
機械学習には教師あり学習と教師なし学習がある。教師あり学習では、人間があらかじめ設定した正解を予測できるモデルを構築するのに対し、教師なし学習では、正解データは使用しない。例えば、似た性質の集団のグループを同定するクラスタリングなどがある。クラスタリングの手法としては、k平均法(k-means clustering)、平均シフト法(Mean-Shift clustering)、DBSCAN法などがすでに知られているが、それぞれ前提条件や計算方法が異なり、本研究の目的にはいずれも適していなかった。本研究で開発したdCrawlerは、似ているもしくは似ていないを判定するための閾値を設定するだけで多次元データのクラスタリングを行うことができる。色の識別にとどまらず、様々な多次元データの分類に応用可能である。

【謝辞】
本研究は日本医療研究開発機構(AMED)「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(JP20dm0207055)、「脳とこころの研究推進プログラム(領域横断的かつ萌芽的脳研究プロジェクト)」(JP23wm0525012)、学術変革領域(A)「動的コネクトームに基づく脳機能創発機構の解明」(JP24H02308、JP24H02312)、日本科学技術振興機構(JST)CREST(JPMJCR2021)、JSPS科研費 (JP16H06456, JP21H00205, JP21H05696, JP17H06261, JP21K19355, JP19K16261, JP21K06411, JP19K06886, JP24K02132, JP21H02140, JP22K18373)、上原財団、住友財団、金原一郎記念医学医療振興財団、第一三共生命科学研究振興財団、ブレインサイエンス振興財団の助成を受けたものです。


【論⽂情報】
掲載誌: Nature Communications
タイトル: Automated neuronal reconstruction with super-multicolour Tetbow labelling and threshold-based clustering of colour hues
著者名: Marcus N. Leiwe, Satoshi Fujimoto, Toshikazu Baba, Daichi Moriyasu, Biswanath Saha, Richi Sakaguchi, Shigenori Inagaki, Takeshi Imai
(マーカス・ルーウィ、藤本聡志、馬場俊和、森安大地、ビスワナ・サハ、坂口理智、稲垣成矩、今井猛)
D O I : https://doi.org/10.1038/s41467-024-49455-y

【動画】
7種類の蛍光タンパク質を用いた神経回路の“超”多色標識
YouTube URL:https://www.youtube.com/watch?v=YrMeobR07_o

【お問い合わせ先】
九州大学 大学院医学研究院 教授 今井 猛(イマイ タケシ)
TEL:092-642-6090
Mail:imai.takeshi.457(a)m.kyushu-u.ac.jp
*(a)を@に変えてください

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