研究情報

2024.06.26

従来まで治療法のなかった進行型多発性硬化症の原因解明 ~ギャップ結合阻害による新規治療法開発に期待~ (神経内科学分野 ⼭﨑 亮准教授)

従来まで治療法のなかった進行型多発性硬化症の原因解明
~ギャップ結合阻害による新規治療法開発に期待~
        進行型多発性硬化症患者における脳内グリア炎症の波及原因である「細胞間ギャップ結合」を
               ブロックすることによる症状軽減/再発予防薬開発

ポイント
① 多発性硬化症(MS)は若年女性に多い中枢神経系(※1)の自己免疫性脱髄性疾患です。患者の約2割程度は、発症後約20年で緩徐進行性の二次性進行型MS(SPMS)に移行します。今のところSPMSにおける病態進行を止めるのに十分に有効な治療法がありません。
② 本研究では、SPMSの新規治療法開発を目指し、SPMSの動物モデルを用いて、新規に共同開発したギャップ結合蛋白「コネキシン(※2)」阻害薬の治療効果を検証したところ、高い治療効果を示しました。
③ 本薬剤は従来の免疫抑制治療とは全く異なり、中枢神経系常在細胞であるグリア細胞を標的とした初めての治療薬となりうる可能性が高く、その社会的な意義は極めて大きいと考えられます。
【概要】
 MSは、若年女性に多い中枢神経系の自己免疫性脱髄疾患で、多くは発症初期に再発・寛解を繰り返します(再発寛解型)が、一部の症例で経過中に再発に寄らない病状の進行を呈するようになる二次性進行型)となります。従来は欧米に多い疾患でしたが、食生活の多様化やグローバリゼーション等により本邦でも患者数は増加傾向にあります。世界で約300万人の患者がおり、日本でも2万人を超える患者がいると考えられています。再発寛解型MSは末梢血由来の自己反応性免疫細胞が主に病態に関わると考えられ、各種疾患修飾薬(※3)による免疫抑制・調整治療が行われています。一方、二次性進行型MSにおける病態進行の仕組みについてはこれまで十分に分かっておらず、完全に病態進行を止める治療法は未だ開発されていません。
 本研究では、効果的な二次性進行型MS治療法につながる新たな経路を明らかにしました。
 九州大学医学研究院神経内科学分野の山﨑亮准教授、同大学大学院医学系学府博士課程の高瀬・E・オズデミル、国際医療福祉大学医学部の竹内英之教授らは、二次性進行型MSの病態の一部が脳内グリア細胞の異常活性化とその拡散であることを突き止めました。このうち、アストログリア(※4)細胞が発現するギャップ結合蛋白コネキシンの作用を薬理学的にブロックすることにより、グリア細胞からの炎症反応を抑制するメカニズムを発見しました。また、本研究で用いたINI-0602は、新たな作用機序を持つMS治療薬として有望であることも明らかになりました。今後は、本研究に基に、この経路を標的とした全く新しい治療法の開発が期待されます。
 本研究成果は、Springer Nature社「Scientific Reports」誌に2024年5月13日に掲載されました。

【研究の背景と経緯】 
 MS患者は、脳脊髄に多発性病変を生じ、活動性の病変部は造影されます(図1)。MSの病変部では、脳脊髄の神経を被覆している髄鞘(ミエリン)に対する自己免疫反応により髄鞘が破壊され(脱髄)、神経伝導の障害をきたします。脱髄を繰り返したり、脱髄が遷延したりすると、露出した神経線維自体にも障害がおよび、不可逆的障害をきたすこともあります。MSの多くは再発と寛解を繰り返す再発寛解型MS (RRMS)の経過をとります。一部の症例では、経過中、再発によらない病態の進行、障害の蓄積が生じ、二次性進行型MS(SPMS)に移行します(図2)。

 現在、MSの再発予防目的で、多くの疾患修飾薬が開発され、再発寛解型のMS患者を中心に広く用いられています。一部の疾患修飾薬は二次性進行型への病型の移行を遅らせたり、病態の進行を抑制することはできるものの、二次性進行型MSにおける慢性的な障害進行を止めることはできていません。 
 私たちは、二次性進行型MS患者の脳幹病変部で、アストログリアという脳細胞同士を繋ぐギャップ結合蛋白コネキシンが過剰発現していることを見出しました。この蛋白は細胞表面でヘミチャンネル(物質を細胞内外でやりとりする門)を形成することもわかっており、この過剰発現が二次性進行型MSの病態と関係していると考えました。

【研究の内容と成果】 
 二次性進行型MSにおけるアストログリアの活性化は、炎症性サイトカイン(※5)の分泌、アデノシン5'-三リン酸(ATP)に対する反応性の増加、受容体からのCa2+流入の増加の免疫効果機序を引き起こします。このアストログリアの活性化は主に脳を守るバリアである血液脳関門を破壊し、脳および脊髄への炎症細胞の浸潤を可能にし、病変拡大や組織障害の遷延化に繋がります(図3)。さらに、活性化したアストログリアはギャップ結合蛋白コネキシンの発現が増加し、コネキシンヘミチャンネルを介して活性化アストログリアからの炎症性物質の拡散をもたらします。これらの炎症性物質は、ミクログリア(※6)など周囲のグリア細胞活性化を引き起こし、グリア炎症が拡大・遷延化します。
 本研究で、多発性硬化症モデルマウスの脱髄病変で過剰発現したアストログリアコネキシン・ヘミチャネルを汎コネキシン阻害薬(INI-0602)で遮断した結果、病状が改善し、中枢神経系への炎症性細胞の浸潤が減少し、脊髄の脱髄が抑制されました。
 本治療薬は、二次性進行型MSの動物モデルで高い治療効果を認め、実際の二次性進行型MS患者でも有効であることが期待されます。


【今後の展開】
 現在のMS治療は免疫抑制に重点を置いており、二次性進行型に移行したMS患者における症状の進行を完全に防ぐ事は困難です。最近の研究では、脳神経系の活性化グリア細胞が、二次性進行型MSの病態として重要であり、新たな治療標的となりうることが明らかになりつつあります。
 本研究で判明したコネキシンの疾患メカニズムにおける重要性は、コネキシンヘミチャンネルの機能阻害による二次性進行型MSの新規治療薬創薬の足がかりとなります。

【用語解説】
(※1) 中枢神経系
脳と脊髄からなる、神経細胞が集まっている領域のこと。

(※2) コネキシン
コネキシンは膜貫通タンパク質で、6つのコネキシンを結合させてギャップ結合を形成する。イオンとカルシウムの輸送を促進し、細胞間のコミュニケーションを維持する。

(※3) 疾患修飾薬
再発や疾患の進行を遅らせる作用をもった薬剤。

(※4) アストログリア
中枢神経系に最も多く存在する常在細胞で、恒常性を維持し、神経細胞の生存と機能を支える。

(※5) 炎症性サイトカイン
サイトカインとは、細胞、特に免疫系の細胞から放出される小さなタンパク質で、免疫、炎症、血液細胞の形成を調節するシグナル伝達分子として働く。

(※6) ミクログリア 
中枢の免疫担当細胞として知られ、ミエリン貪食能を持つ中枢神経系グリア細胞の一つ。
【謝辞】
 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED(JP23DK0207065、JP23ZF0127004))、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2136)、日本学術振興会・科学研究費助成事業(P21K07464, JP22K07351, JP23K06965)の助成を受けて行われました。
【論⽂情報】
掲載誌:Scientific Reports
タイトル:Astroglial connexin 43 is a novel therapeutic target for chronic multiple sclerosis model
著者名:Ezgi Ozdemir Takase, Ryo Yamasaki, Satoshi Nagata, Mitsuru Watanabe, Katsuhisa Masaki, Hiroo Yamaguchi, Jun-ichi Kira, Hideyuki Takeuchi, Noriko Isobe.
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-61508-2
【お問合わせ先】
九州大学大学院医学研究院 神経内科学分野 准教授 山﨑 亮(ヤマサキ リョウ)
TEL:092-642-5340 FAX:092-642-5352
Mail:shinkein(a)neuro.med.kyushu-u.ac.jp
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