研究情報

2024.07.29

遺伝子重複を誘導するゲノム編集技術を開発~複製フォークの操作によりゲノム構造の大規模改変が可能に~(医化学分野 伊藤 隆司教授)

遺伝子重複を誘導するゲノム編集技術を開発
~複製フォークの操作によりゲノム構造の大規模改変が可能に~
ポイント
① 遺伝子重複は進化や疾患において重要な役割を果たしていますが、それを実験的に誘導することはできませんでした。
② DNA複製の現場である複製フォークを破壊することによって、狙い通りの遺伝子重複を誘導する新しいタイプのゲノム編集技術PNAmpを開発しました。
③ PNAmpは、実験進化・疾患モデル作成・有用物質生産等への幅広い応用が期待されます。

概要

遺伝子重複は、様々な生物の進化を駆動してきたのみならず、様々な疾患への関与も明らかになりつつあります。しかしながら近年、ゲノム編集技術が目覚ましい発展を遂げても、遺伝子を含むゲノム領域を狙い通りに重複させることはできませんでした。

本研究では、標的ゲノム領域の縦列反復を誘導する新しい手法「PNAmp(Paired Nicking-induced Amplification)」を開発しました。

九州大学大学院医学研究院の伊藤隆司教授、杉山友貴大学院生(研究当時)、岡田悟助教らとがん研究会がん研究所の大学保一プロジェクトリーダーの共同研究グループは、ゲノム編集に用いられる Cas9 タンパク質の変異体 nCas9 を複製起点の両側に配置して、DNA 複製の現場である複製フォークを崩壊させることによって、配置点に挟まれた領域の縦列反復を誘導する手法 PNAmp を考案しました。出芽酵母をモデルに PNAmp の可能性を検討したところ、約 100 万塩基対(1 Mb)に及ぶ領域であっても、その両末端部が互いに相同な配列であれば、10%超の効率で縦列に反復させることができました。さらに、両末端部に全く相同性がないゲノム領域であっても、両末端部の配列から構成した人工的 DNA 断片を共存させることによって、PNAmp による縦列反復を誘導できることが分かりました。また、ヒト培養細胞にも PNAmp が適用可能であることを示しました。

複製フォーク操作に基づく新しいゲノム編集技術である PNAmp は、従来は不可能だった遺伝子重複を可能にし、実験進化学・疾患研究・育種など、生命科学の幅広い分野に貢献するものと期待されます。

本研究成果はアメリカ合衆国の雑誌「Cell Genomics」オンライン版に2024年7月25日(木)に公開されました。

PNAmpの原理
図1 PNAmpの原理
研究者からひとこと:

数年前に、DNA を全く切断しない Cas9 変異体が複製フォークの進行を阻害して局所的にゲノムを不安定化する現象を発見しました。それ以来、複製フォークの操作による構造多型の人為的誘導の可能性を追求しています。実際の進化においても類似の機構が働いた可能性もあると考えています。

【研究の背景と経緯】

遺伝子重複は進化の一大原動力です。なぜならば、遺伝子が2コピーあれば、一方を温存して細胞の生存を確保しつつ、他方で元の遺伝子機能を破壊するような突然変異を蓄積する冒険も可能になり、そこに新しい機能を持つ遺伝子を作り出すチャンスが生まれるからです。最初に登場した細胞が DNA 配列を1文字ずつ変化させる点突然変異のみに頼っていたら、生物は未だに原始的な細菌のままに留まっていたことでしょう。様々な生物のゲノム解析が進むにつれて、遺伝子重複が進化の過程において極めて重要な役割を果たして来たことが、より一層、明確になってきました。

ヒト集団中では、遺伝子重複によって遺伝子のコピー数に多様性(コピー数多型)が生じており、それらの中には疾患に関与するものも多数含まれています。新しいDNAシーケンス技術に支えられた昨今のゲノム解析の進展によって、遺伝子重複を含む大きなゲノム構造変化(構造多型)の全貌解明も可能になりました。その一方、ゲノム編集技術の目覚ましい進歩にも関わらず、遺伝子重複を含めて構造多型を狙い通りに誘導することはできませんでした。

【研究の内容と成果】

遺伝子重複は、遺伝子単位で生じるのではなく、遺伝子を含むゲノム領域の重複(分節重複)の結果として起こります。PNAmp では、DNA 複製が始まる複製起点の両側に、Cas9 変異体である nCas9(※1)がそれぞれ DNA の上の鎖と下の鎖を切断するように配置します(図1)。複製起点から両側に向かって進行する複製フォーク(※2)は nCas9 と衝突すると崩壊し、その結果、単一末端性の2本鎖 DNA 切断(DSB)のペアが生じます。DSB は末端から削られて一本鎖 DNA になるので、2 つの DSB の内側に同一ないし相互によく似た配列(相同配列)が同じ向きで存在していると、上の鎖と下の鎖が露出されて両者の対合が可能になります。この対合(一本鎖アニーリング)によって相同配列に挟まれた領域の縦列反復を誘導するのが、PNAmp の原理です(図1)。

研究チームは、出芽酵母をモデルに PNAmp の原理を検証するため、ウラシル(RNA 塩基の一種)の合成に必須の URA3 遺伝子の部分断片である RA3 と UR を複製起点 ARS の両側に挿入し、それぞれの外側に nCas9 を配置しました(図2)。R の部分が対合して重複が成立すると同時に、URA3 遺伝子が再構成されるので、細胞はウラシル欠損培地でも生育可能になります。このトリックを用いて実験を行った結果、RA3 と UR の距離を 47,000 塩基対(47 kb)から約 100 万塩基対(~1 Mb)まで変化させても 10%~35%の効率でウラシル非要求性細胞が出現し、それらの細胞では狙い通りの縦列反復が形成されていることがナノポアシーケンシング(※3)とパルスフィールドゲル電気泳動(※4)によって確認されました(図 2、図3)。また、各種変異体を用いた実験により、PNAmp が想定通りに一本鎖アニーリングを介して起こることも示されました。

さて、PNAmp には、標的領域内部の複製起点と両末端に位置する相同配列が必要です。しかし、この複製起点を取り除いても、効率は低下するものの、非定型的な複製開始を利用して PNAmp が起きることが分かりました。また、標的領域の両末端が相同配列でない場合でも、左末端と右末端の配列を右左の順で繋いだ DNA 断片(スプリント)を共存させれば PNAmp を起こせることも分かり、重複をデザインする上での自由度が各段に高まりました(図4)。さらに、PNAmp が2回、3回と連続して起こることにより、標的領域が4コピー、8コピー縦列に重複したケースが認められました。また、ヒト培養細胞株 HEK293T においても PNAmp が起こることが、蛍光タンパク質遺伝子の再構成とナノポアシーケンシングによって確認されました。

【今後の展開】

今回の研究によって、PNAmp の原理と有効性が出芽酵母をモデルに用いて実証されました。今後は、哺乳類細胞における最適化、マウス個体への応用、酵母や哺乳類以外の生物種への展開が期待されます。例えば、疾患と関連する分節重複を再現したヒト細胞やそれに相当する分節重複を有するマウスは、有用な疾患モデルとなる可能性があります。また、微生物が作り出す有用物質はその合成に必要な遺伝子群がゲノム上でクラスターを形成していることが多いので、生合成遺伝子クラスターごと重複させることによって有用物質の収量を上げることも可能だと考えられます。同じく微生物を用いた進化実験における加速効果も期待されます。一方、PNAmp の標準モデルでは説明しにくい現象も見出されており、それらの解析から新しい重複誘導機構が明らかになる可能性があります。

【参考図】
図2 PNAmpの遺伝学的検出の原理とナノポアシーケンシングによる物理的証明
URA3 遺伝子の一部である RA3 断片と UR 断片に挟まれた領域を対象に PNAmp を行うと、R の部分を介して重複が起こり、URA3 遺伝子が再構成されます。したがって、ウラシル含有培地とウラシル欠損培地で出現するコロニー数の比率から PNAmp の効率を求めることができます。ウラシル非要求性細胞のナノポアシーケンシングを行い、ドットプロット解析(※5)を行ったところ、標的領域(この例では 47 kb)の縦列反復が確認されました。
図3 PNAmpによる大型分節重複の誘導
第4染色体上に RA3 と UR を様々な間隔で挿入した後、PNAmp を誘導して得られたウラシル非要求性細胞のゲノム配列決定を行いました。標的領域に由来する配列データの量(リードカウント)は、ゲノム全体の平均値の2倍になり、標的領域の反復が示唆されました(上のパネル)。さらに、パルスフィールドゲル電気泳動を行ったところ、第4染色体の長さが標的領域の縦列反復から予測されるサイズだけ大きくなっていることが確認されました(下のパネル;左は全染色体の分離パターン、右は第4染色体特異的なシグナルの検出)。
図4 両末端に相同性がないゲノム領域に対するPNAmpの適用
標的ゲノム領域の両末端が互いに相同性を持たない場合でも、両末端の配列を連結したスプリント断片を共存させると PNAmp が可能になります。特に、スプリントをコピー数が高いプラスミド(※6)の上に保持させて、ゲノムと同様に一本鎖切断が入るようにしておくと、最も効率よく PNAmp が起きることが分かりました。
【用語解説】
(※1) nCas9
 ゲノム編集では細菌由来の Cas9 タンパク質がよく使われます。Cas9 は、ガイド RNA と複合体を形成して、ガイド RNA と同一配列を持つ DNA(標的 DNA)に2本鎖切断を起こします。Cas9 のアミノ酸残基を一つ置換することによって、標的 DNA の一方の鎖しか切断できなくなった変異体を nCas9 または Cas9 ニッケースと呼びます。

(※2) 複製フォーク
 DNA 複製の現場ともいうべき複製装置が進んで行く先端部では、二本鎖 DNA の水素結合が解離して Y 字型構造が形成されます。その形状にちなんで、この部分を複製フォークと呼びます。

(※3) ナノポアシーケンシング
 膜タンパク質が形成するナノスケールの穴(ポア)を通過させることによって、DNAの塩基配列を読み取る技術。膜の両側に電圧をかけておいて、DNA分子の通過に伴う電流変化を計測し、そのパターンから機械学習を利用して塩基配列を読み取ります。従来法と比較すると、正確性には劣るものの各段に長い塩基配列(10~100万塩基対)を読み出すことが可能です。

(※4) パルスフィールドゲル電気泳動
 電場の方向を交互に変化させることによって、巨大DNA分子を分離するゲル電気泳動法。通常のゲル電気泳動が数10 kb以上のDNAを分離できないのに対して、パルスフィールドゲル電気泳動は数MbのDNAでも分離できます。

(※5) ドットプロット解析
 2種類の配列をX軸とY軸に取り、配列が一致した座標に点(ドット)を打つプロット法。両軸の配列に相同性があれば、その部分が斜めの線として描出されます。長大な配列の中に潜む相同性の検出と直感的な把握に有用な手法です。

(※6) プラスミド
 自律複製が可能な染色体外DNA分子で、組み換えDNAのベクターとしても利用されます。
【謝辞】

本研究は、科学技術振興機構(JST)CREST(JPMJCR19S1)の助成を受けたものです。

【論文情報】
掲載誌:Cell Genomics
タイトル:Strategic targeting of Cas9 nickase induces large segmental duplications
著者名:Yuki Sugiyama, Satoshi Okada, Yasukazu Daigaku, Emiko Kusumoto, Takashi Ito
    杉山友貴1、岡田 悟1、大学保一2、楠元恵美子1、伊藤隆司1
    1. 九州大学 大学院医学研究院、2. 公益財団法人がん研究会 がん研究所
DOI:https://doi.org/10.1016/j.xgen.2024.100610
【お問い合わせ先】
九州大学 大学院医学研究院 医化学分野 教授
伊藤隆司(イトウ タカシ) 
TEL:092-642-6095 FAX:092-642-2103
E-Mail:ito.takashi.352(at)m.kyushu-u.ac.jp
*(at)を@に変えて送信してください
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