2026.09.10
多発性硬化症の遺伝的背景を多様な人種集団とオミクスから解明 ~日本人集団に特有のリスク領域と、脳病変内でのリスク集積部位を同定~(神経内科学分野 磯部 紀子教授) NEW
発表のポイント
◆日本人集団としては初となる大規模な多発性硬化症(注1)のゲノムワイド関連解析(GWAS:注2)を実施し、計688名の患者と205,199名の対照者を解析して、これまで報告のなかった日本人集団特異的なリスク領域を同定しました。◆国内外のバイオバンク(注3)のデータを活用し、日本(東アジア)・ヨーロッパ・アフリカ・アメリカ大陸系の4人種集団、計29,374名の患者と1,843,563名の対照者を統合したGWASメタ解析(注4)により、新規の疾患感受性領域を計22か所同定しました。
◆GWASの結果をシングルセル解析(注5)と統合することで、従来注目されていた免疫細胞に加え、血管内皮細胞にも遺伝的リスクが集積することが示されました。
◆GWASの結果を空間トランスクリプトーム解析(注6)と統合することで、多発性硬化症の脳病変内では血管周囲の免疫細胞浸潤領域や病変辺縁部など、持続的な活動性の高い領域で、遺伝的リスクが強く集積することを明らかにしました。
研究の全体像
概要
東京大学大学院医学系研究科遺伝情報学の藤本凜太郎大学院生(博士課程)、岡田随象教授(兼:理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームディレクター、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫統計学 招へい教授、同ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe) 招へい教授)、大阪大学大学院医学系研究科神経内科学の小河浩太郎助教、奥野龍禎准教授、九州大学大学院医学研究院神経内科学の磯部紀子教授らによる研究グループは、日本多発性硬化症/視神経脊髄炎スペクトラム障害バイオバンク(Japan MS/NMOSD Biobank:注7)、バイオバンク・ジャパン(注8)、UKバイオバンクをはじめとする国内外のゲノムデータを用いて、多発性硬化症の遺伝的背景を多様な人類集団にわたって解析しました。
その結果、日本人集団の解析からは、これまでどの集団でも報告されていなかった11q24の新規リスク領域が同定されました。この領域の近傍には、リンパ球系細胞の分化に必須の転写因子をコードし、血液脳関門(注9)の維持にも関与するETS1遺伝子が位置しています。さらに4つの人種集団を統合したGWASメタ解析により、計22か所の新規疾患感受性領域を同定しました。加えて、日本人集団における主要組織適合性複合体(MHC:注10)領域の詳細な解析により、クラスII ヒト白血球抗原(HLA:注11)遺伝子に4つの独立した関連を同定しました。
また研究グループは、多発性硬化症患者の末梢血単核球のシングルセル遺伝子発現データをGWASの結果と統合しました。その結果、従来注目されてきた免疫細胞に加えて、血管内皮細胞にも遺伝的リスクが集積することが示されました。さらに、脳病変の空間トランスクリプトームデータとの統合解析により、遺伝的リスクが病変内の特定の部位に偏って集積し、その分布が病変の活動性によって異なることを明らかにしました。
本研究は、多発性硬化症の疾患感受性の理解を多様な人種集団へと広げるとともに、疾患の遺伝的背景を「どの細胞で」「組織のどの場所で」という細胞・空間レベルの解像度でとらえる新たな研究の枠組みを示すものです。
本研究は2026年9月7日(現地時間)に国際科学誌Nature Geneticsに掲載されました。
発表内容
〈研究の背景〉
多発性硬化症は、中枢神経系に炎症性の脱髄病変が時間的・空間的に多発することを特徴とする慢性疾患であり、多様な神経症状を引き起こします。世界では約280万人の患者がいると推定されていますが、その有病率には大きな地域差があり、ヨーロッパ人集団における有病率は東アジア人集団の10倍以上と報告されています。この違いには、遺伝的要因と環境要因の双方が関与すると考えられています。
これまでのGWASにより、多発性硬化症に関連する200以上のゲノム領域が同定されてきました。しかしその大半はヨーロッパ人集団を対象としたものであり、東アジア人集団を対象とした大規模なGWASは行われていませんでした。そのため、日本人集団において明確に同定されていたリスク領域はMHC領域に限られていました。
また、同定された遺伝的変異がどの細胞で機能するのかを検討した既存の研究では、免疫細胞やミクログリアの重要性は示されてきたものの、非免疫系の細胞の関与については十分に検討されていませんでした。さらに、多発性硬化症は、脳病変の空間的な広がりや不均一性を特徴とする疾患であるにもかかわらず、組織内での位置情報を保持したまま遺伝子発現を測定する空間トランスクリプトーム解析を用いて遺伝的リスクを検討する研究は、これまで十分に行われていませんでした。
本研究では、これらの課題に取り組むため、日本人集団を含む多様な人種集団の大規模ゲノムデータと、シングルセル・空間オミクスデータを統合的に解析しました。
〈研究の内容〉
研究グループはまず、Japan MS/NMOSD Biobank、大阪大学医学部附属病院、およびバイオバンク・ジャパンから収集した計688名の多発性硬化症患者と205,199名の対照者を対象に、日本人集団としては初となる大規模なGWASを実施しました。
その結果、ゲノムワイド有意水準を満たす2つの領域が同定されました(図1左上)。1つはHLA遺伝子を含むMHC領域であり、もう1つは11q24に位置する新規のリスク領域(rs2199759-T、オッズ比1.58、P = 2.1×10⁻⁸)でした。この変異はこれまでいずれの人種集団においても報告がなく、他集団のGWASでも関連は認められませんでした。この変異の近傍に位置するETS1遺伝子は、リンパ球系細胞の分化に必須の転写因子をコードしており、脳血管内皮細胞におけるETS1の発現低下が血液脳関門の機能不全を引き起こすことも報告されています。これらのことから、当該領域がETS1の発現を調節し、免疫の制御異常や血液脳関門の破綻を介して発症に寄与する可能性が示唆されました。
次に研究グループは、本研究の日本人GWASに加え、既報の研究成果、UKバイオバンク、Million Veteran Program、FinnGen、All of Us、Genomics Englandといったバイオバンクのデータを統合し、日本(東アジア)・ヨーロッパ・アフリカ・アメリカ大陸系の4つの人種集団、計29,374名の患者と1,843,563名の対照者を対象とするGWASメタ解析を実施しました(図1)。その結果、合計22か所の新規疾患感受性領域が同定されました。これらの中には、実験的に多発性硬化症との関連が示されているSEMA4DやPRF1の近傍に位置する変異も含まれていました。

図1: 各人種集団におけるGWASの結果
X軸は染色体上の位置、Y軸は関連の強さ(−log10(P))を表す。赤色の領域は本研究で新規に同定された疾患感受性領域である。
左上が日本人集団、右上がヨーロッパ人集団、左下がアフリカ人集団、 右下が日本・ヨーロッパ・アフリカ・アメリカ大陸系の4つの人種集団
のメタ解析の結果。
次に、日本人集団においてMHC領域と多発性硬化症の関連について詳細な解析を行った結果、クラスII HLA遺伝子に4つの独立した関連(HLA-DQβ1のアミノ酸9番目のフェニルアラニン、HLA-DQA1*03:01、HLA-DRB1*15:01、HLA-DQβ1のアミノ酸125番目のグリシン)が同定されました(図2)。日本人集団における多発性硬化症とHLAの関連解析としては、これまでで最大規模かつ最も網羅的な解析です。
このうちHLA-DRB1*15:01はヨーロッパ人などの他の集団でも共通する代表的なリスクとして知られる一方、残る3つは欧州系集団では報告されていません。また、東アジアに特異的なリスクとされてきたHLA-DRB1*04:05の関連は、HLA-DQβ1のアミノ酸9番目の多型によって大部分が説明され得ることが示され、アミノ酸レベルの高解像度な解析の重要性が明らかになりました。

図2:HLAファインマッピングの結果
X軸は6番染色体上の位置、Y軸は関連の強さ(−log10(P))を表す。HLA-DQβ1のアミノ酸9番目のフェニルアラニンが最も強い関連として検出された。
続いて、多発性硬化症患者の末梢血単核球についてシングルセルRNAシークエンスを実施し、上記のGWASの結果と統合を行いました(図3左)。これにより、CD4陽性T細胞、とりわけナイーブT細胞、セントラルメモリーT細胞、エフェクターメモリーT細胞に加えて、メモリー制御性T細胞において遺伝的リスクの有意な集積が認められました。
さらに、多発性硬化症患者の脳皮質下病変のシングルセルデータを用いた解析(図3右)では、T細胞・骨髄球系細胞・B細胞に加え、血管内皮細胞に有意な関連が認められました。これは、従来注目されてきた免疫細胞以外にも、血液脳関門を構成する血管内皮細胞も多発性硬化症の発症病態に関与している可能性を示唆する結果です。

図3:多発性硬化症GWASのシングルセルデータへの投影
多発性硬化症GWASの結果を末梢血単核球(左)および脳皮質下病変(右)のシングルセルデータに投影することによる、1細胞ごとの疾患との関連
スコア。有意な関連が示された細胞種を青字で記載している。
シングルセル解析では細胞の空間的な位置情報が失われてしまいます。そこで研究グループは、多発性硬化症の脳皮質下病変の空間トランスクリプトームデータ(活動性病変8検体、非活動性病変4検体)とGWASの結果を統合する解析を行いました(図4)。
その結果、遺伝的リスクは病変内で均一に分布するのではなく、血管周囲の免疫細胞浸潤領域、病変辺縁部、病変中心部、病変周囲白質に有意に集積していることが分かりました。この集積は非活動性病変よりも活動性病変で顕著であり、とりわけ血管周囲の免疫細胞浸潤領域と病変辺縁部で明瞭でした。前者は免疫細胞が中枢神経系へ浸潤するという多発性硬化症の基本的な病態を反映し、後者は脱髄を担うマクロファージや単球に富む領域であることと整合します。
多発性硬化症において慢性的に炎症がくすぶり続ける病変は疾患の進行と強く関連し、既存の疾患修飾薬では十分な効果が得られないことが知られています。本研究では、こうした持続的な活動性の高い病変に遺伝的リスクが強く集積することが示され、遺伝的要因が発症のみならず脳内での病態進行にも影響を及ぼす可能性が示唆されました。

図4:多発性硬化症GWASの空間トランスクリプトームデータへの投影
(左)活動性病変と非活動性病変の空間トランスクリプトームデータにおけるアノテーション(遺伝子発現量や位置情報を元に割り振られたラベル)、および多発性硬化症GWASの結果を投影したことによるスポットごとの関連の強さ。(右)各スポットの関連を統合することで得られた、アノテーションごとの関連の強さ。
〈今後の展望〉
本研究は、多発性硬化症の遺伝的背景を多様な人類集団にわたって明らかにするとともに、疾患の遺伝的リスクを細胞種と組織内の位置という解像度でとらえる解析の枠組みを提示しました。今後、こうした空間・細胞レベルでの疾患遺伝学の統合解析は、ゲノム研究において重要性を増していくと考えられます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院医学系研究科 遺伝情報学
藤本 凜太郎 博士課程
兼:理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム 研修生
岡田 随象 教授
兼:理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームディレクター
兼:大阪大学免疫学フロンティア研究センター 免疫統計学 招へい教授
兼:大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点 招へい教授
大阪大学
大学院医学系研究科 神経内科学
小河 浩太郎 助教
奥野 龍禎 准教授
九州大学
大学院医学研究院 神経内科学
磯部 紀子 教授
論文情報
雑誌名:Nature Genetics
題 名:Multiancestry genome-wide association and multiomics analyses elucidate spatiocellular features of
multiple sclerosis genetics
著者名:Rintaro Fujimoto#, Kotaro Ogawa#, Shinichi Namba, Yosuke Ogawa, Ryuya Edahiro, Kyuto Sonehara,
Shiori Tagawa, Mitsuru Watanabe, Tomohiro Yata, Yuya Shirai, Yuji Yamamoto, Go Sato, Chifune Kai,
Tatsuhiko Naito, Akiko Hosokawa, Mamoru Yamamoto, Japan MS/NMOSD Biobank,
the BioBank Japan Project, Koichi Matsuda, Fumitaka Shimizu, Makoto Kinoshita, Masahito Mihara,
Masayuki Nakamori, Yuko Shimizu, Izumi Kawachi, Katsuichi Miyamoto, Masaaki Niino,
Atsushi Kumanogoh, Yuji Nakatsuji, Takuya Matsushita, Hideki Mochizuki, Jun-ichi Kira,
Tatsusada Okuno✝, Noriko Isobe✝ and Yukinori Okada✝
#同等貢献、✝責任著者
DOI: 10.1038/s41588-026-02741-5
URL: https://doi.org/10.1038/s41588-026-02741-5
研究助成
本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科研費(JP24K18685、JP25K10629、JP23K27517、JP25H01863、JP24K02371、JP25H01057)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(JP24tm0524002、JP24gm1810003、JP25wm0625504s0102、JP223fa627001、JP223fa627010、JP223fa627011、JP22zf0127008、JP23tm0524002、JP24wm0625504、JP24gm1810011、JP25kk0305022、JP26tm0135237、JP26ek0410158)、厚生労働省難治性疾患政策研究事業(神経免疫疾患)(23FC1009、26FC0201)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2021、JPMJMS2024)、武田科学振興財団、神澤医学研究振興財団、小林財団、小野薬品がん・免疫・神経研究財団、ベルツ賞、理化学研究所科学研究基盤モデル開発プログラム(TRIP-AGIS)の支援を受けて行われました。
用語解説
- (注1)多発性硬化症
自己免疫の異常により免疫細胞が脳や脊髄の細胞を攻撃する慢性疾患。
(注2)ゲノムワイド関連解析(GWAS)
遺伝的変異と疾患の発症リスクの関連をゲノム全体で網羅的に調べる遺伝統計学的解析手法。
(注3)バイオバンク
個人から提供された生体試料や臨床情報を保管し、医学研究に役立てる仕組み。
(注4)GWASメタ解析
異なるの研究や人種集団から得られたGWASの結果をメタ解析する手法。解析に含められるサンプルや遺伝的変異の数が増えることで、疾患に関連するゲノム領域をより多く見つけることができる。
(注5)シングルセル解析
一細胞ごとに遺伝子発現を解析する手法。組織単位の解析では困難な、細胞種ごとの高解像度な情報を得ることができる。
(注6)空間トランスクリプトーム解析
組織内での位置情報を保ったまま遺伝子発現を解析する手法。従来のシングルセル解析では失われていた細胞の位置や細胞同士の相互作用を捉えることができる。
(注7)日本多発性硬化症/視神経脊髄炎スペクトラム障害バイオバンク(Japan MS/NMOSD Biobank)
九州大学などが全国の脳神経内科専門施設と協働し、多発性硬化症およびその類縁疾患である視神経脊髄炎スペクトラム障害の研究を進めるために構築したバイオバンク。
(注8)バイオバンク・ジャパン
東京大学医科学研究所を中心に運営されている日本最大級のバイオバンク。
(注9)血液脳関門
血液から脳に病原体や異物が侵入しないようにする構造。多発性硬化症では、血液脳関門に障害が起こることで免疫細胞が脳に浸潤しやすくなっていると考えられている。
(注10)主要組織適合性遺伝子複合体(MHC)
自己と非自己を見分けるために細胞表面に存在するタンパク質。
(注11)ヒト白血球抗原(HLA)
ヒトにおけるMHC分子の呼び名。個人差が大きく、自己免疫疾患や感染症の発症に関連することが知られる。
