研究情報

2026.10.20

ステロイド薬による副腎萎縮の仕組みを解明 ~ACTH分泌低下が副腎皮質のミトコンドリア障害と細胞死を引き起こす~ ー副腎不全の新たな予防・治療法の開発に期待ー(病態制御内科学分野 病態制御内科学 小川 佳宏 教授)NEW

ポイント

  1. ステロイド薬はさまざまな疾患の治療に用いられるが、長期間使用すると副腎萎縮を伴う副腎不全(※1)を引き起こす。
  2. ステロイド薬使用による下垂体からのACTH(※2)分泌低下により、副腎皮質細胞の抗酸化機能が弱まり、ミトコンドリア(※3)に活性酸素種(ROS)(※4)が蓄積して細胞死が起こるという副腎が萎縮する一連の仕組みを明らかにした。
  3. ACTHや抗酸化物質の投与が、ステロイド薬による副腎障害を軽減することをマウス実験により明らかにし、将来の副腎不全の予防・治療法の開発につながることが期待される。

概要

副腎皮質から分泌される糖質コルチコイドは、糖代謝調節作用、抗炎症作用、抗ストレス作用など多様な生理作用を有します。糖質コルチコイドを人工的に合成したステロイド薬は炎症性疾患や自己免疫疾患など、さまざまな病気の治療に広く使われています。一方、長期間使用すると副腎から作られるホルモンの分泌が低下し、副腎が萎縮して副腎不全を起こすことがあります。副腎不全は、ステロイド薬の重要な副作用の一つですが、どのようにして副腎が萎縮するのか、その詳しい仕組みは十分に分かっていませんでした。

九州⼤学⼤学院医学研究院 病態制御内科学の内⽥尚宏 特任助教、河村菜実⼦ 特任助教、九州⼤学病院 ⾺越洋宜 講師、⼤学院医学研究院⼩川佳宏主幹教授らの研究グループは、マウスにステロイド薬の一つであるデキサメタゾン(DEX)を投与すると、副腎皮質細胞を刺激するACTHの分泌が低下し、細胞を酸化ストレスから守る抗酸化機能が弱まることを明らかにしました。また、細胞のエネルギーを作るミトコンドリアに活性酸素種(ROS)が蓄積し、ミトコンドリアが障害され、副腎皮質細胞が死んでしまうことを見出しました。さらに、ACTHの下流で働く転写因子SF1(※5)が、抗酸化機能を担うNRF2(※6)の働きを調節していることを明らかにし、「ステロイド薬 → ACTH低下 → 抗酸化機能低下 → ミトコンドリア障害 → 副腎細胞死 → 副腎萎縮」という一連の仕組みが示されました(図)。さらに、ACTHまたは抗酸化物質であるNAC(※7)をマウスに投与することで、ROSの蓄積やミトコンドリアの障害、副腎の萎縮、細胞死が軽減することを明らかにしました。

これらの研究成果は、ステロイド治療に伴う副腎不全の仕組みを理解するうえで重要な知見であり、将来の予防・治療法の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、国際科学誌「Cell Death & Disease」に2026年10⽉20⽇(⽕)午後1時(⽇本時間)に掲載されました。

研究者からひとこと

ステロイド薬の長期使用に伴う副腎不全は、多くの医師が診療でしばしば経験する問題です。これまでは、副腎不全が生じた後の対症療法が中心でした。本研究により、その発症機序の一端が明らかとなり、副腎不全を未然に防ぐための治療法につながる可能性が示されました。将来的に、患者さんがステロイド薬をより安全に使用できる医療の実現につながることが期待されます。(内⽥尚宏)

研究の背景と経緯

副腎は、腎臓の上にある小さな臓器で、内側の「髄質」と、それを取り囲む「皮質」から構成されています。マウスの副腎皮質は球状層と束状層の2層、ヒトでは網状層を加えた3層で構成されており、副腎皮質の束状層では、血糖や血圧の維持、免疫反応の調節、ストレスへの応答に欠かせない糖質コルチコイドが作られます。この糖質コルチコイド産生は、下垂体から分泌されるACTHによって調節されています。

ステロイド薬を長期間使用すると、体内の糖質コルチコイドが十分にある状態になるため、ACTHの分泌が抑えられます。その結果、副腎への刺激が弱まり、糖質コルチコイドの分泌が低下します。さらに、ステロイド薬の減量・中止後も副腎の機能がすぐには回復せず、副腎不全が起こることがあります。しかしながら、ステロイド薬によって副腎皮質細胞そのものがどのように障害され、副腎萎縮が引き起こされるのかは十分に分かっていませんでした。本研究では、ステロイド薬の一つであるDEXを投与したマウスを用いて、ステロイド薬による副腎萎縮のメカニズムを検討しました。

研究の内容と成果

1.副腎皮質束状層に限局した萎縮と細胞死を確認

DEX投与マウスでは、血中のACTHと糖質コルチコイド濃度が低下し、副腎重量が減少しました。また、副腎皮質の「束状層」のみで萎縮と細胞死が起こっていることが分かりました。

 

2.ヒトでも慢性的な糖質コルチコイド過剰状態ではマウスと類似の副腎変化を確認

ヒトの糖質コルチコイド産生腫瘍の手術検体を用いて隣接する副腎組織を解析したところ、非機能性腫瘍に隣接する副腎組織と比べ、束状層の萎縮や細胞死の増加が認められました。また、遺伝子発現を調べた結果、ミトコンドリアの働きに関係する遺伝子の発現が低下していました。これらの結果から、糖質コルチコイド過剰状態では、ヒトとマウスでは共通した副腎の変化が起こることが分かりました。

 

3.ROSによるミトコンドリア障害が細胞死を促進

DEXを投与したマウスの副腎皮質細胞では、ミトコンドリアが縮小し、内部の構造が乱れていました。また、ミトコンドリアの働きの低下も確認されました。さらに、ミトコンドリアにROSが蓄積していることが分かりました。そこで、抗酸化物質であるNACを投与してROSの蓄積を抑えたところ、ミトコンドリア異常、副腎重量の減少、束状層の萎縮、細胞死のいずれも軽減しました。このことから、ROS蓄積によるミトコンドリア障害が、副腎皮質細胞の死につながることが示されました。

 

4.ACTH–SF1–NRF2経路が副腎細胞の抗酸化機能を維持

一つひとつの細胞の遺伝子の働きを詳しく調べる「シングルセルRNA-seq解析」により、14,329個の副腎細胞を解析しました。その結果、DEX投与後の束状層細胞では、ACTHの下流シグナル(cAMP/PKA経路)と、細胞を酸化ストレスから守るNRF2の働きが低下していました。そこで、DEXによって低下したACTHを補うと、抗酸化に関係する遺伝子の働きが回復し、ROSの蓄積、ミトコンドリアの障害、副腎の萎縮、細胞死が軽減しました。さらに、ACTHの下流で働くSF1がNrf2遺伝子の領域に結合し、その働きを高めることが副腎皮質細胞を用いた実験で明らかになりました。これまでSF1は、主にステロイドホルモンの産生を調節する因子として知られていましたが、本研究により、SF1には副腎皮質細胞を酸化ストレスから守る役割もあることが示されました。

今後の展開

本研究により、ステロイド薬使用によってACTH分泌が低下すると、SF1-NRF2経路による抗酸化機能が弱まり、ミトコンドリアにROSが蓄積して副腎皮質細胞が死に至り、副腎が萎縮するという一連の仕組みが明らかになりました。今後、治療に必要なステロイド薬の効果を損なうことなく、臨床的に大きな課題であったステロイド薬による副腎不全に対する治療法の開発につながることが期待されます

参考図

本研究で明らかになった副腎皮質細胞死の仕組みの図
図 本研究で明らかになった副腎皮質細胞死の仕組み

糖質コルチコイド過剰によりACTHが低下すると、ACTH-MC2R(メラノコルチン2受容体)の下流シグナルであるcAMP(環状アデノシン一リン酸)/PKA(プロテインキナーゼA)経路が抑制され、SF1/NRF2経路を介した抗酸化機能が弱まります。その結果、ミトコンドリアにROSが蓄積し、ミトコンドリア障害と副腎皮質束状層の細胞死が進みます。マウスではACTHまたは抗酸化物質であるNACがこれらの変化を軽減しました。

用語解説

(※1)副腎不全

副腎皮質ホルモン、特に糖質コルチコイドが不足する状態です。だるさ、食欲低下、低血圧、低血糖などを生じ、感染症や手術などの強いストレス時には生命に関わることがあります。

 

(※2)ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)

Adrenocorticotropic Hormoneの略称です。下垂体から分泌され、副腎皮質に糖質コルチコイドを作るよう促すホルモンです。

 

(※3)ミトコンドリア

細胞内でエネルギーを作る小器官です。副腎皮質ではステロイドホルモンの合成にも重要です。

 

(※4)活性酸素種(ROS)

Reactive Oxygen Speciesの略称で、反応性の高い活性酸素を指します。過剰に蓄積すると、たんぱく質、脂質、DNAなどを傷つけます。

 

(※5)SF1(NR5A1)

Steroidogenic Factor-1の略称です。副腎や性腺でステロイドホルモン合成に関わる遺伝子の働きを調節する転写因子です。

 

(※6)NRF2

Nuclear factor erythroid 2-related factor 2の略称です。酸化ストレスに応答して抗酸化関連遺伝子の働きを高め、細胞を保護する転写因子です。

 

(※7)NAC

N-アセチル-L-システインの略称です。細胞内の代表的な抗酸化物質であるグルタチオンの材料となります。

謝辞

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP23KJ1747、JP24K19292、JP25K11808、JP22H04993、JP23K15393)、上原記念生命科学財団、セコム科学技術振興財団、および日本医療研究開発機構(革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「慢性ストレスによる副腎皮質リモデリングの破綻の分子機構の解明と生活習慣病の発症予測・早期発見」)の助成を受けて実施されました。また、九州大学大学院医学研究院の教育・研究支援センターおよびヒト疾患モデル研究センターの支援を受けました。

論文情報

掲載誌:
Cell Death & Disease
タイトル:
Role of the ACTH-SF1/NR5A1-NRF2 axis in glucocorticoid-induced adrenocortical cell death through mitochondrial ROS accumulation
著者名:
Naohiro Uchida, Namiko Kawamura, Hironobu Umakoshi, Maki Yokomoto-Umakoshi, Tazuru Fukumoto, Norifusa Iwahashi, Masamichi Fujita, Aya Fujimoto, Kaede Saito, Yuta Hiraike, Fumiya Takahashi, Takashi Baba, Masahide Seki, Yutaka Suzuki, and Yoshihiro Ogawa
DOI:
10.1038/S41419-026-09306-8

お問合せ先

九州大学 大学院医学研究院 病態制御内科学分野 主幹教授

小川 佳宏(おがわ よしひろ)

TEL:092-642-5278 FAX:092-642-5287 Mail:yogawa(at)med.kyushu-u.ac.jp

九州大学大学院医学研究院病態制御内科学研究所の教授達

左から馬越洋宜 講師、河村菜実子 特任助教、内田尚宏 特任助教、小川佳宏 主幹教授

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